がんは、細胞のDNAに生じた「遺伝子の損傷(変異)」が時間とともに蓄積し、増殖のブレーキやアクセルの制御が壊れることで発生する病気である。加齢や生活習慣、環境要因、複製エラーなどが損傷の主要な原因で、通常は修復されるが、修復の失敗や破綻が重なると発がんにつながる。
遺伝子損傷の正体
遺伝子の損傷とは、DNAの「文字(塩基)」の置換、欠失・挿入、繰り返し配列の伸縮、染色体レベルの切断・再配列など、設計図の改変を指す。これらは細胞分裂のたびにまれに起こる複製エラーや、外的因子による直接・間接的なダメージで生じ、損傷が「がん遺伝子」や「がん抑制遺伝子」に及ぶと、増殖が過剰になったりブレーキが効かなくなったりする。
主な原因と誘因
加齢に伴い複製エラーや蓄積損傷が増えることは、がんが高齢で増える重要な背景である。喫煙、放射線、特定の化学物質、ウイルス・細菌感染、食習慣などの環境・生活要因もDNA損傷を引き起こす。放射線はDNA切断などの傷を生み、通常は修復されるが、修復のミスや修復機構の破綻が重なると特徴的な変異やゲノム不安定性を介して発がんリスクが高まる。細胞老化の過程で蓄積した損傷が、複製時の誤りを増やし、がん抑制遺伝子の変異を選択的に蓄えることも示されている。
多段階発がん
多くのがんは、一度の損傷ではなく、時間をかけ「複数の遺伝子変異」が段階的に積み重なる「多段階発がん」で進む。初期の変化が細胞の生存・増殖に有利になると、そのクローンが増え、さらに追加の変異を獲得して浸潤・転移能を獲得するというクローン進化が起こる。このため、同じ臓器のがんでも患者ごとに変異の組み合わせが大きく異なる。
がん遺伝子とがん抑制遺伝子
「がん遺伝子」は通常は増殖に必要なシグナルを担うが、変異やコピー数増加で過剰に働くと増殖アクセルが踏みっぱなしになる。代表例としてEGFR、HER2、RASなどがある。一方「がん抑制遺伝子」は増殖抑制、DNA修復、異常細胞の除去などの役割を持ち、TP53、RB、BRCA1/2などが代表で、これらの機能喪失はブレーキの故障を意味する。両者の異常が組み合わさることで、制御不能な増殖が成立する。
DNA修復とゲノム不安定性
細胞には塩基除去修復、ヌクレオチド除去修復、ミスマッチ修復、相同組換え修復など多層の修復機構が備わる。これらが正常なら多くの傷は是正されるが、修復遺伝子の欠損や過負荷で「ゲノム不安定性」が生じ、変異速度が上がり、マイクロサテライト不安定性(MSI)や染色体不安定性などの表現型を通じて発がんが促進される。修復破綻は治療選択にも影響し、例えば相同組換え欠損はPARP阻害薬感受性と関連する。
先天的素因と体質
多くのがんは後天的変異の蓄積で起こるが、一部は生殖細胞系列(生まれつき)の変異で修復や抑制機能が弱い体質があり、若年発症や多発家系の背景になる。BRCA1/2、TP53(Li-Fraumeni症候群)、MMR遺伝子(リンチ症候群)などが該当し、適切な遺伝カウンセリングとサーベイランスが推奨される。
予防と臨床への応用
損傷の主因である喫煙を避け、感染症予防(HPV・HBVワクチン)、適正体重・食事・運動、過度な紫外線回避、適切な受診・検診は変異の発生・蓄積を抑える実践的手段である。診断・治療では、腫瘍の遺伝子変異を網羅的に調べるパネル検査が用いられ、ドライバー変異や修復破綻の有無に基づく個別化治療(分子標的薬、免疫療法の適応判断など)が進んでいる。DNA損傷応答を標的とする新規薬剤は、修復脆弱性をもつがんの選択的治療に役立つ。
がんは、細胞のDNAに生じた「遺伝子の損傷(変異)」

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